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旧社格など | 村社 |
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総本社 |
宇佐八幡宮(大分県宇佐市) |
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ご祭神 |
品陀和氣命/誉田別命(ほんだわけ) ※[別名]応神天皇(おうじんてんのう) |
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ご祭神について |
品陀和氣命:第15代天皇、皇祖神や武神(弓矢神) ※[八幡神]農耕神、海の神 |
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ご利益 |
出世開運、武運長久 他 |
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参拝形式 |
二拝二拍一拝 |
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創建 |
飛鳥時代(592年〜710年) |
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由緒 |
社伝によると、推古天皇の時代(6〜7世紀)、聖徳太子の命により小野妹子が遣隋使として隋に渡ろうとした道中、築紫の辺りで病に伏してしまう。そこで、近くの宇佐八幡宮に祈願するとまたたくまに全快し、随に渡った後も、数々の危難を免れ、無事帰国することができたという。そして、聖徳太子の没後、上高野の地に移り住んだ小野妹子はその時の恩に報いるため、宇佐八幡宮の御分霊を勧請し、八幡神をお祀りしたと伝えられる。造営当初は伊太多神社(大正4年に崇道神社に合祀され、現在は崇道神社の末社となっている)の境内にある末社の一つとして建てられ、今の位置より南にあったとされる。その後この神社は、愛宕郡岩倉の地に移り住んでいた、後鳥羽上皇の第四皇子頼仁親王の血を継ぐ南朝の忠臣である児島高徳(生没年不詳 別名備後三郎三宅高徳)が八幡大神を尊崇したことから、いつしか「三宅八幡宮」と呼ぶようになったという。また、皇室とのゆかりも深く、明治天皇が幼少のころに重い病を患い、この神社に祈祷を命じ、その祈祷の甲斐があり天皇の病が治ったといわれている。 |
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所在地 |
(〒606-0035)京都府京都市左京区上高野三宅町22 |
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最寄り駅 |
●叡山電鉄鞍馬線「八幡前」駅より徒歩約4分 |
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その他アクセス |
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電話番号 |
075-781-5003 |
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ポイント |
| ● | 当社は、子供の守り神として、かんの虫封じ、夜泣き、安産、学業成就の他、虫退治の神として害虫駆除にも効果があるとされ、別名『虫八幡』とも呼ばれる。 |
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ご朱印対応 |
あり |
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公式HP |
http://www.miyake-hachiman.com/ |
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