崇神天皇7年 (BC91年) | | 白山比め神社 (石川県) | | 白山信仰を元に、白山比め神社の元となる古宮が、舟岡山に創始されたとする。 |
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応神天皇28年 (297年) | | 白山比め神社 (石川県) | | 白山比め神社の古宮が、手取川沿岸に遷座すると伝えられる。 |
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霊亀2年 (716年) | | 白山比め神社 (石川県) | | 白山比め神社の古宮が、さらに、現在の加賀一宮駅周辺に遷座したとされる。 |
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奈良時代
| | 白山
| | 白山の山岳信仰が、修験者による修行の場に発展。霊場としての側面を持つようになる。そして、加賀・越前・美濃の3方向から、山頂に至る登山道(禅定道)が整備される。 |
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養老元年 (717年) | | 白山
| | 白山を開山したと伝えられる泰澄(たいちょう)が、禅定道に、白山寺白山本宮(加賀)、長滝寺白山中宮(美濃)、平泉寺白山中宮(越前)のそれぞれを創建する。 |
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天暦2年 (853年) | | 白山神社 (東京都) | | 加賀国の白山寺白山本宮よりご分霊を勧請し、武蔵国豊島郡本郷元町(現在の文京区本郷1丁目)に白山神社が創建される。 |
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仁寿3年 (948年) | | 白山比め神社 (石川県) | | 加賀国の白山比咩神が従三位に叙せられる。 |
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平安時代 (ーーー年) | | 白山比め神社 (石川県) | | 加賀の白山比咩神を祀った白山寺白山本宮が、加賀国一宮となる。 |
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平安時代 (ーーー年) | | 白山神社 (新潟県) | | 平安時代の中頃、現在の新潟県新潟市に、白山神社が建立されたと伝えられる。 |
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久安3年 (1147年) | | 白山比め神社 (石川県) | | 越前側ルートを代表する平泉寺白山中宮が、比叡山延暦寺の山門別院となり、白山七社が結成され、白山寺白山本宮がその統括を担う。しかし、同時に、白山妙理権現が、比叡山にも勧請され、白山神社が日吉大社の摂社扱いとなる。 |
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文明3年 (1471年) | | 白山
| | 本願寺八世蓮如上人が、吉崎に道場を開き、北陸に浄土真宗を布教していき、これにより白山信仰が衰退し始める。 |
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文明12年 (1480年) | | 白山比め神社 (石川県) | | 白山寺白山本宮が、大火によって社殿を焼失してしまう。そのため、社殿を現在地に遷座させる。 |
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寛政8年 (1688年) | | 白山
| | 白山嶺上の管理権を巡って、3社が対立し、江戸幕府がその仲裁をする。そして、その裁定により、白山頂上本社の祭祀権を平泉寺白山神社が獲得する。 |
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明治元年 (1868年) | | 白山
| | 神仏分離令が公布され、白山寺白山本宮は、白山比め神社と改称し、長滝寺白山中宮は、長滝白山神社と長滝寺に別れ、平泉寺白山中宮は平泉寺白山神社と改称する。 |
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このように、白山神社は、拡大と衰退を繰り返し、各地に広まっていくのだが、総本社となる白山比め神社の元宮と奥宮がどのタイミングで、統一されたのか今ひとつはっきりしない。 |