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日本のお正月とは

さて、私たちの多くの日本人は、「日本のお正月とは何ですか?」と聞かれて、パッとすぐ答えられる方はどれくらいおりますでしょうか。例えば、お正月を代表とする正月飾り(門松・注連飾り・鏡餅)のいずれかを正月に自宅に飾る方も少なくないと思います。そんな時に、「では、何故、そうしたことをするのですか?」と尋ねられると意外に分からないのが、この日本のお正月の習慣にあります。

ということで、「そもそもお正月とは何なのだろうか?」という基本を先ず振り返ってみたいと思います。実は、これらの習慣は、ある一つの目的に基づいて行われております。それが、「年神(としがみ)さまを自宅にお迎えする」ための行為です。原則、これが日本のお正月の基本スタイルとなります。
年神さまとは誰?
そんな『年神さま』は、どなた様かと言いますと、こちらは、れっきとした神道の八百万の神々のひとつとなります。いわゆる来方神(らいほうしん)と呼ばれる神のひとつで、毎年初の日の出と共に自宅に来訪されるのが、この『年神さま』になるのです。

元々、『年神さま』は、稲穂を司る穀物の神さまとされ、八岐大蛇退治でも有名な須佐之男命(スサノオノミコト)を父に持ち、山の主を司る、大山祇神(オオヤマツミノカミ)の娘、神大市比売(カムオオイチヒメ)という農耕を司る女神との間に生まれた神さまとなります。須佐之男命というと、どちらかというと櫛名田比売(クシナダヒメ)という女神と八岐大蛇退治で結ばれたことで有名ですが、こちら神大市比売はそういう意味では、須佐之男命の第二夫人にあたる女神と言えるでしょう。

そんな神大市比売(カムオオイチヒメ)は、別名、大歳御祖神(オオトシミオヤノカミ)と呼ばれるのも、「この『年神さま』の親神ですよ〜」という意味に基づきます。このため、『年神さま』は、穀物の神さまという性質を引き継ぎ、まさに一年の豊作を祈念する多くの方たちの生活習慣を象徴する神さまとして仰がれてきたのです。ちなみに、こちら『年神さま』には、お稲荷さんで有名な宇迦之御魂神(ウカノミタマノカミ)を兄弟に迎えるなど、まさに、一家そろいもそろって農業を象徴とする神々の一つになるわけです。

また、一説には、『年神さま』は自宅を守ってくれるご先祖さまの霊とも伝えられ、地方によっては、祖霊神として迎えられているケースもありました。昔は、深い山々に神々の御霊が漂い、人が亡くなった後は山に帰り、時に山から降りてくるような存在と考えられていたところもありますので、そういう意味では、年神さまというのは、

[1]一年の始まりを司る神さま
[2]五穀豊穣を司る田の神さま
[3]家内安全を司る先祖の神さま

という存在であったと言えるでしょう。
年神さまを迎える!

それでは実際にどのようにして私たちは『年神さま』を迎えるのでしょうか?実はここに私たちが日頃、無意識に行っているお正月の習わしが大きく関係してきます。それでは、時系列に従って、その流れを軽く押さえていきましょう。
1.年末に大掃除をする!
年末の大掃除は多くの方にとって当たり前の習慣となっております。しかし、実は、この作業も根底にも、この『年神さま』を迎えることに関係していることはほとんど忘れ去られてしまっております。そもそも、「何故、私たちはこのように大掃除をするのか?」と言われたら、本来こういう答えが返ってくるからです。「神さまは汚いところには現れない!」

これは、日本人の風呂好きというものが、古来からの禊ぎから来てるという指摘にもある通り、日本人の清潔感の根底には、この神仏に対する心構えが少なからず関係しております。年末の大掃除においては、煤払い(すすはらい)として、一年の煤、つまり、埃や塵を払うことを意味してきました。今では、まさに年の瀬の間近にこうした大掃除を行いますが、江戸時代では、丁稚(でっち)と呼ばれる見習いを年末年始には実家に帰してやろうとの配慮から旧暦の12月13日に行われていたと言います。

こうした意味もあって、本来の大掃除は、神棚や仏壇から始めるのが、正しい手順と言われておりますが、この大掃除をもって、私たちは、『年神さま』を自宅に迎え入れる準備を行ってきたのです。
2.門松を立てる!
お正月と言えば、軒先に門松の姿を見かけることも少なくありません。「これは果たして何を表しているのか?」と言われれば、「依り代(よりしろ)である」という言い方ができます。古来、神さまというものはどういうところに降りてくるのかというと、そこにはある一定の条件を満たしておりました。それが「形状が尖ったところ」というものです。

これは一般にみる、ご神木やご神山のお姿を拝しても同様、神道において神を寄付かせるものは大概、尖った形状をしております。神道の墓石に奥都城(おくつき)というものがありますが、ここもてっぺんは尖っておりますし、神棚に捧げられる榊(さかき)も葉先は尖っております。では、「門松は?」というと、まさに松はつんつん尖った形状をしており、これを以て、『年神さま』は降臨を果たされるのです。

このため、最近、この門松をイラストで代用される方もおりますが、これでは、形状が尖った依り代の体裁を取っておりませんので、その価値はまったく無意味なものになってしまいます。また、門松にはよく尖った竹が立っておりますが、これは「そぎ」と呼ばれるもので、形状が平な「寸胴(ずんどう)」と呼ばれる二種に分かれ、必ずしも尖ったものであるとは限りません。

この竹は、どちらかと言えば、依り代ではなく、竹を添えることで、「長寿」を願ったものとしております。市販されているものの中には、竹がなく、松の枝のみを飾るところが少なくないのもこのためです。尖ったものを用意して、『年神さま』を迎える。これがこの門松の意味になります。
3.しめ飾りを飾る!
続いて、家の入り口の扉に飾られる「しめ飾り」。これは何を意味するかと言えば、一つの結界を表しています。要するに、年末綺麗にした室内に禍々しいものが入って来ないように張られた結界であり、『年神さま』はこのしめ飾りを通って室内、屋内へと入られるのです。

この由来には諸説ありますが、一説には、古事記の天岩戸伝承の際、岩戸から引き出した天照大神を再び岩戸の中に引きこもらせないように張った縄、「尻久米縄(しりくめなわ)」に由来すると言われております。

また、中央に添えられる色物には、それぞれ意味があるとされ、
・ウラジロ=長寿
・ユズリハ=子孫繁栄
・ダイダイ=家長繁栄
と言われております。

さらに、この簡易なものに、「輪締め」と呼ばれるものがあり、これも神域を示すものとされ、一般的には、台所やトイレといった水回りに飾られるもので、近畿地方でよく見られるもののようです。しめ飾りを張って、『年神さま』を迎える結界を張る!実は、この注連飾りには非常に重要な役割があるのです。
4.鏡餅を捧げる!
多分、この鏡餅を用意される方が一番多いかもしれませんが、これこそ、『年神さま』に捧げる供物(くもつ)と呼ばれるお供え物になります。要するに、『年神さま』の食事です。この起源にもいろいろと説があり、定かではありませんが、一説には、かつて、垂仁天皇の時代に、大国主命(オオクニヌシノミコト)の半身が化成したとも伝えられる大物主神(オオモノヌシノカミ)の娘、大田田根子(オオタタネコ)の元に、「元日に、荒魂の大神に紅白の餅を祀れば幸福が訪れる」と神託を下したことに始まったとも言われています。

つまり、鏡餅を私たちはお供えをし、これを『年神さま』がお召し上がりになる。そうすると、その餅は『年神さま』の残り物として、その中に、『年神さま』の魂が宿り、これを下ろして、お雑煮や焼き餅としてこれを食べます。そうすることで、「『年神さま』の魂を体内に取り込み、合一化を図ることで、「一年の健康を願う」。実は、これが、私たち日本人のお正月の意味になるのです。

このため、年始に、私たちは子供たちに「お年玉」を上げることがありますが、これも本来は、こうした『年神さま』の魂の鎮まった餅を配る行為であったとされ、今のような現金ではありませんでした。だから、「お年玉」は「大年神さまの魂」が文字って、「おおとしたま」の「お年玉」と呼ばれるようになったと言われています。
5.初詣に行くということは!
こうして私たちの迎えるお正月は、一年の健康と成功を願って行われるわけなのですが、実は、ここに一つ見落としがちなところがございます。今、私たちは普通に有名な寺社仏閣に参拝をしますが、本来、これは地元の守り神とされる氏神さまに参拝されるのが習わしであります。往古は、「初籠り」と呼ばれる家の家長が代表して氏神さまに一晩籠っていたようですが、本来、家族は、この家長の帰宅を家で起きながら待たなければなりません。よく、「寝正月」なんて言葉も聞きますがl、これも単にゴロゴロ過ごすという意味ではなく(笑)、徹夜で待ち続けるから、結果として寝正月になるのです。

しかも、自宅には『年神さま』がいらっしゃいます。自宅を留守にしてしまっていたら、誰も『年神さま』をお迎えできません。ですので、一昔前までは、元旦みんなで寝正月で過ごして、二日目以降に参拝するとしてきたようです。

このように私たちが本来迎えるお正月にはそれぞれ、意味と役割というものがありました。このすべてのすべてを実践するのは難しいかもしれませんが、その意味を知るということは何事においても大事なはずです。以上を少し気にかけながら、日本人らしいお正月の過ごし方というものを考えてみましょう。
「お正月」の持つ様々な意味

今までは、私たちの行う「お正月」の意味という点でお伝えしてきましたが、ここではもう少し広義な意味における「お正月」について少し考えてみたいと思います。
1.お正月の期間
実は、「お正月」って言うと、一体いつまでのことを指すのか意外に曖昧に捉えられておりますが、言葉はその意味を表すと考えると、「お正月は『一月』の別称」という言い方が出来ます。そうすると、その期間はいつかと言われれば、一月なので、「1日から31日」を意味するという考え方ができます。中には、三が日と言われる3日までとか、人日(じんじつ)を迎える7日まで、小正月とされる15日までなどといろいろ想像される方もおりますが、これらは文化的な節目であって、言葉の額面通りの期限を意味するわけではありません。このため、15日までを小正月と呼び、31日までを大正月とも言いますが、広くは大正月が本来の意味とすれば、31日までの一月がお正月の期間と言えるでしょう。

だから、一月中に、会社で「お前いつまで正月ぼけしているんだ!」と言われたら、こう返すことができるかもしれませんが。「すいません、まだ一月なので正月ですから、まだボケててもいいんです」と(笑)。
2.国が迎えるお正月
これは、正式には、お正月というより元旦のことを意味しますが、1月1日は別名、四方節(しほうせつ)と言われます。この四方節は、、紀元節(建国記念の日)、天長節(天皇誕生日)、明治節(明治天皇誕生日:現在は、文化の日)と共に、四大節(しだいせつ)、つまり四大祝日の一つに数えられる非常に重要な一日とされております。

この日は、「四方拝(しほうはい)」と呼ばれる非常に重要な宮中祭祀が執り行われます。それは、明け方5時半に天皇陛下が、宮中の決まった場所(宮中三殿西側の神嘉殿南側の庭)に、小さな畳を敷き、四方を屏風で囲い、四方の神々に遥拝するというもので、その後、宮中三殿で歳旦祭(さいたんさい)を行い、歴代天皇、八百万の神々に旧年の神恩を感謝し、ここで、天皇は、私たち日本国民を代表として、国家隆昌と国民の幸福を祈願されているのです。江戸時代までは、一部、一般の家庭でも、この四方拝というものが行われてきたようですが、さすがに今、四方拝をやるという方は少ないでしょうね(笑)。それだけに、私たち国民には国民のお正月の迎え方があるわけですから、この違いと意味を知るということはある意味、大切なことなのかもしれません。

ちなみに、私たちの国、日本ではこうした公的な休日を「祝祭日」と言います。つまり、「祝日」と「祭日」に分類できるわけですが、この両者は当然意味が違います。大雑把に言えば、祝日は国家を祝う日、祭日は神道(農業)を祝う日と言えるのかもしれませんが、元々、祝日は、国家=天皇ということで天皇に関わる日を意味し、先に挙げた四大節はいずれも天皇に関わる日となります。対して、祭日は、農業が主産業の時代の祭りということで、稲作に深く関わるという点では、新嘗祭(勤労感謝の日)や春季/秋季皇霊祭(春分の日/秋分の日)などを意味し、本来は、この両者は大きく異なる意味を持っていたということです。
3.古代の人の時間の考え方
また、正月というものを古来の時間の捉え方にならえば、それは「節句(せっく)」のひとつである、という言い方もできます。これは、先人の時間に対する考え方からに表れた言い方と言えるのかもしれませんが、今、私たちの生活は、一年という期間を通じて、年を積み重ねていっておりますが、古来では、この一年という期間は、時を重ねるという意味ではなく、同じ時が循環し、新たな一年を迎えると考えられてきました。正月は、まさに、その循環の終点と起点だったというわけですね。ただ、この時間の中には、節目というものが存在し、それが「節句」と呼ばれるものでした。「節句」は、その節目として、万物の魂が不安定になる時期と恐れられていたようです。代表とするものとして、いわゆる五節供(ごせっく)というものが挙げられ(人日・桃・端午・七夕・菊)、江戸時代ではこれも公休日とされていたようです。

お正月の時期も当然のことながら、「節句」と考えられてきました。正確には、1月1日から数え、7日という日を以て、人日(じんじつ)とし、その一日一日には様々な動物が割り当てられ、その日は該当する動物の不殺傷が禁じられたと言います。そして、最後の「人」を意味する人日は、犯罪者への刑罰を行わないとしてきたようです。各割り当てられた動物は次の通りとなります。。

1日=鶏(とり)
2日=狗(犬)
3日=猪(いのしし)
4日=羊(ひつじ)
5日=牛(うし)
6日=馬(うま)
7日=人(ひと)

また、そして、嵯峨天皇の時代に、この人日に、若菜の御膳が奉られたことから、平安時代以降、七草がゆを食すという習慣が生まれたと言われおります。

このように、私たちの迎える「お正月」という風習は、その意味を捉える角度によって、様々な意味を持っていることが分かると思います。
(神社人事務局:東條英利)
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