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池袋水天宮

池袋水天宮
池袋水天宮
基本データ
旧社格など−−−−−
総本社 久留米水天宮(福岡県久留米市)
ご祭神 天御中主命(あめのみなかぬしのみこと)
※[同義]妙見菩薩(みょうけんぼさつ)
※[同義]北極星
安徳天皇 (あんとくてんのう)
建礼門院(けんれいもんいん)
※[別名]平徳子(たいらのとくこ)
二位の尼(にいのあま)
※[別名]平時子(たいらのときこ)
ご祭神について 天御中主命:古事記で最初に出現する神、造化三神(ぞうかさんしん)/別天津神(ことあまつかみ)の一柱、寿命の神
安徳天皇:第81代天皇(高倉天皇と建礼門院の第一皇子)、歴代最年少の8歳で崩御、悲運の天皇(壇ノ浦にて入水)
元々、水天宮様は、筑後川のほとりにあったことから、水を司る神様として、水天竜王とも呼ばれる。多くは、子供の守護神、安産の神として有名。
ご利益 健康長寿、安産祈願、子育大願、除災招福 他
参拝形式 二拝二拍一拝
創建 昭和3年(1928年)
由緒 元々、水天宮は、寿永4年(1185)、壇ノ浦の合戦で破れた平家の女官、按察使(あぜち)の局伊勢が、源氏の目を逃れ、九州の久留米付近に落ちのび、一門と共に入水された安徳天皇(81代)、建礼門院(高倉天皇の中宮/安徳天皇の母君)、二位ノ尼(平清盛の妻/安徳天皇の祖母/建礼門院の母)の御霊をささやかな祠(ほこら)をたててお祀りしたのが始まりとされる。さらに、天御中主大神(この国をつくったと伝えられる神)を祀り、やがて平家の三方とこの神の四柱を祀るこの祠を水天宮と称されるようになった。文政元年(1818)、藩主有馬頼徳の時代、参勤交代で江戸へ参上している間も郷里の天候に不安を抱いていたことから、江戸の藩邸内(港区赤羽)に分霊して、郷里の五穀豊穣を願いました。その後、明治維新を経て、水天宮様は、赤羽から青山へ、青山から現在の日本橋に鎮座されるようになる。そして、昭和3年(1928年)、池袋の有志の方々が、池袋の繁栄を願い、日本橋の水天宮のお札を頂き、お祀りをしたのが、池袋水天宮の始まりとされる。その後、幾度かの移転を繰り返し、終戦後、現在の公園内地に御社殿を造営された。
所在地 (〒170-0013)東京都豊島区東池袋1-50-23
最寄り駅 ●JR山手線「池袋」駅より徒歩約2分
その他アクセス −−−−−
電話番号 −−−−−
ポイント
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ご朱印対応 なし
公式HP −−−−−
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